Contrex's diary

エンターテイメントに生かされています Twitter@_i_z_m

1995年は21年前、ところでただブログが好き

 ブログ文化の黎明はたしか10年以上まえで、あとちょっとで21歳になるわたしは当時からインターネットユーザーだった。

 当時まだパッケージ料金だったAdobeのソフトが月額料金に切り替わってからPhotoshopとかをちょっといじりだした私には今をもっても作れないようなクオリティの高いグラフィックをそこらへんの中高生が平気で作っていた。べつに偏差値の高い子たちじゃなかった。グラフィックが作れない子はきれいな写真を撮ったり、tumblrから拾ってきたりしていた。269ブログはカスタマイズしづらいけどテンプレートかわいかった、おしゃれな子はみんなjugemでブログやってた、livedoorブログとかfc2はちょっとおたくみたいな、あとなにがあったかもう思い出せないけど、とにかくサービスは氾濫している割に採算がとれてなさそうで人口が少なかった。Twitterはじめたばかりのころは日本人だれかれかまわずfollowしたところでたかが知れていた、アイドルが好きな人が多いところはハロオタだらけのはてなダイアリーと変わらなかった。

 

 mixiにポエム日記をかいていた、その前はpepsとかもう名前を忘れたような、alfooのリアルタイムはログとれるようにして閉鎖したらしい。ボイス機能がついたときツイッターのパクリっていわれた、Facebookにいいね!機能がついたのとTwitterにお気に入り機能がついたのと☆のマークがハートになった時期のことがもう思い出せない。

 

 Skypeでグループチャットしてた子たちともう誰とも仲良くない。これはブログとか関係なく自分の悪い癖で病気の部分だけど誰かときれいに関係が切れたことがないから久しぶりに会うときいつも気まずい。バイト、ちゃんと一ヶ月以上前にやめますって言ってやめたことが一度もない(上京してから6個くらいバイト変えたのにね)。そう思うとTwitterを同じアカウントで7年もやり続けてることは奇跡かもしれないけど、これは単に意地と、ライフログは途絶えさせないという意志の問題だ。

 

 LINEがなかったらまともに他人と連絡をとれないし、Slack以外でどうやって仕事の連絡していいのかわからない。慇懃なメールを送ることができるけどそれ以外無礼だし、ガラケーを一度も持ったことない。クラスのみんなが送ってくるデコメがメールの最後に画像で添付されるのを必死に文面と照らし合わせて絵文字組み合わせて3分以内に返事してたときの記憶が蘇ってくる、そういえばdocomoっぽい絵文字流行ってた。絵文字が好きだからわざわざドコモのスライドの角度が176度くらいの携帯使ってる子がいた。多分みんな今はiPhoneしか使ってない。

 

 croozブログとデコログを、書かないんだけど友達のブログにお友達登録して読むためだけに両方登録していた。動くデコメが好きだった、両親の携帯かりて友達とメールしてた同級生がたくさんいた、私の親は昔からnokiaが好きだった。デコメと縁がないところが親譲りなのかもしれない。「携帯サイトにはちゃんとパスワードかけないと先生もちゃんと見てますから」って全校集会でおばさんが言ってた、でも相互リンクのページにどこ中の誰なのかフルネームで書いていた。

 

 Twitterは公式アプリなんてなかったからみんなそれぞれ好きなクライアントを使っていて、気付いたらそんなにメジャーじゃないクライアントが買収されて公式になっていた。alfooとCURURUmixiにはそれぞれ違うこと書いていた、ハンドルネームのあとちゃんと本名と住所を交換してお手紙や年賀状やプレゼントを贈りあった。

 

 書き出していくときりがない。

 

 あのころあこがれていたサイトの管理人だった人がその後デザイナーになったりしてるのだろうか、

 すごく好きだったブログを書いていた人はライターとかになっているのだろうか、

 

 Facebookに交換した本名を入れたらわかるのかもしれない。

 でも絶対調べない。